こんにちは。
きょうは、アメリカの絵本作家ワンダ・ガアグ(Wanda Gag) の一冊をご紹介します。
刊行は1928年、なんともうすぐ100歳のお誕生日をむかえる絵本です。
このお話は今もアメリカで読み継がれている絵本のなかでもっとも古い作品と言われていて、数々の名作が生まれた絵本黄金期のさきがけとなった作品と言われています。
もうすぐ100歳でも、まったく色あせない新鮮さと驚きと輝きに満ちたお話。
実はわたし、以前書店で見かけて手に取ってはみたものの、ぱらぱらとめくりその時あまり惹かれなくてすぐに棚に戻してしまったのを覚えています。でもその後、とある講演で紹介されていたことがきっかけで再会できて、すっかり魅了されてしまいました。
それでは
・・おはなし・・
”むかし、あるところに、とても としとった おじいさんと、とても としとった おばあさんが すんでいました。”
お話は、昔話風の口調ではじまります。この老夫婦は花に囲まれたきれいなお家に住んでいましたが、ちっともしあわせではありませんでした。とても寂しかったのです。
あるとき、ねこを一匹飼いたいというおばあさんの願いを叶えるために、おじいさんはねこ探しの旅に出かけます。そして、長い長い間歩くと、とうとうねこでいっぱいの丘にたどり着きます。
”そこにも、ねこ、あそこにも、ねこ、どこにも、かしこにも、ねこと こねこ、ひゃっぴきの ねこ、せんびきの ねこ、ひゃくまんびき、一おく 一ちょうひきの ねこ。”
声に出すと楽しくなるフレーズ。お話のなかで何度も登場します。タイトルは「100まんびき」ですが、実は一兆匹もいるんです!
さて、おじいさんはこのなかで一番きれいなねこを連れて帰ろうとするのですが、どうしても一匹に決めることができません。このおじいさん、実はめちゃくちゃ優柔不断な性格で、次から次に目につくねこを拾い上げ、最後にはとうとう全部のねこを家に連れて帰ることに。
ねこたちをぞろぞろ引き連れて歩く家までの行進は圧巻。なんせ、一兆匹もいるのでとちゅうの池は飲み干され、野原の草は食べ尽くされてしまう始末。
そうして、とうとう家に帰り着いたおじいさんに向かって、おばあさんはこう言うのです。
「これは、いったい、どうしたのです?わたしは ねこが 一ぴき ほしいと いったのに、これは なんですか。」
笑。じゃあ、一番きれいなねこに残ってもらおうか…というところから、ねこたちの大ケンカが勃発!家に逃げ込むおじいさんとおばあさんですが急に静かになったと思ったら… なんとねこは一匹もいなくなっていたのです。
「きっと、みんなで食べっこしてしまったんですよ」と、おばあさん。
ドキッとすることをさらっと言うところが、やっぱりどこか昔話的ですね。
そんな時。おじいさんが草の間に見つけたのが、骨と皮ばかりに痩せこけたねこでした。
どうして他のねこたちと一緒に食べられてしまわなかったのか尋ねる2人に、ねこはこう答えます。
”「はい、でも、わたしは ただの みっともない ねこでございます」
「だから、あなたが、どの ねこが いちばん きれいかと、おききになったとき、わたしは なにも いいませんでした。だから、だれも わたしには かまいませんでした。」”
そしてとうとう、このねこは家族の一員として丁重にもてなされ迎えられることになったのです。
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誰が一番きれいかと2人に尋ねられ「ぼくです!」「わたしです!」と主張したねこたちはケンカに巻き込まれ全員食べられる運命にあいましたが、このみすぼらしいねこはじっとしていました。
これは「自分が自分であるアイデンティティ」を表すと講演でその先生はおっしゃってましたが、声高らかにアピールすることだけが自己主張ではない、こうして草かげでじっとしていることも裏を返せば「自分が自分でいる」という静かな主張になるなぁって感じました。
このねこは実はしたたかで、本当は色んなことを分かっていて意図的に隠れていたのか、またはただただ素直に自分のみすぼらしさを悟っていたのか… 考えてみると面白いです。
自分の事をそこまできれいと思っていなくても、みんなが言い出したら、自分も…!とつられてしまいそうですが、このねこはある意味、自分を貫いていて強いと見ることもできます。
混沌とした時代に、争わず、流されず、賢く生きるヒントがあるのかもしれない。そんなことをふと思ったわたしでした。
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お話自体はもちろんのこと、石井桃子さんのリズミカルで親しみを感じる邦訳がとても心地よくて、ちょっと長めのお話ですがまったく飽きることがありません。一兆匹の猫の行進なんて、おどろきですね。
優柔不断でお調子者のおじいさんと、現実的なおばあさんのコンビも面白いです。
このお話の作者ワンダ・ガアグはアメリカ人ではありますが、ドイツやオーストリアからの移民が住むコミュニティに生まれ、ことばもドイツ語で育ったとのこと。家族は芸術一家だったそうで、子ども時代は毎日のように家族からドイツの昔話(グリムのお話)を聴かせてもらっていたそうです。
お話に囲まれるしあわせな体験がこのお話にたっぷり織り込まれていることを思うと、時空をこえて愛され力強く輝き続けている理由がわかる気がします。
お話の力を感じる一冊。
ぜひぜひ親子で味わっていただきたいです。
『100まんびきのねこ』
ワンダ・ガアグ ぶん え
いしいももこ やく
福音館 1961年
読んであげるなら:3歳さんくらいから
✳︎参考図書:『ワンダ・ガアグの「グリムのむかしばなし」について』松岡享子 著
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