昔話の魅力とは・・・

昨年から、絵本講師の久賀弥生さんに「絵本で読みとく昔話のひみつ」という題で、昔話の講座をしていただいています。ヨーロッパ、ロシア&ウクライナを周り、先日で四回が終了しました。

毎回、すごく楽しくて時間があっという間に過ぎていきます!

でも、お話を聴いて満足するだけで、ちゃんとアウトプットできてなかったなと・・・汗

なので、今回は「昔話の魅力」について、書籍なども参考にしながら改めて自分なりにまとめてみたいと思います。

昔話とは?

そもそも、昔話とはなんぞや?昔話研究の第一人者、小澤俊夫さんはこのように述べています。

「昔話は、わたしたち庶民の暮らしのなかから生まれ、何百年にもわたって、代々、口伝えされてきたおとぎ話です。親から子へ、そして孫へ、お話をつないできた根底にあるのは、子どもをいとおしむ気持ち、子どもへの愛情です」
(『昔話の扉をひらこう』より)

その土地土地で、人から人へ、愛情とともに語り継がれてきたお話が昔話ということです。

また、こんなこともおっしゃっています。

「昔話は、語られている時間のあいだにだけ存在する」のです。語り終えれば、消えてしまう時間的文芸なのです。その意味で、昔話は音楽と似た性格を持っています。音楽も演奏されているあいだにだけ存在し、演奏が終わると消えてしまいます。昔話の最大の特徴は、音楽の生演奏と同じく、聴きなおすことができない、一回きりの文芸だということです。」
(『昔話の扉をひらこう』より)

現代は、直接おじいちゃんおばあちゃんから語られることも少なくなっていると思います。私自身、祖父母に昔話を語ってもらっていた記憶はありません。絵本やアニメを通して昔話と出会うことが多いでしょうか。

ですが、もともと昔話は口伝えの文芸。目で体験するものではなく、耳で聴くもの、でした。語って楽しむ昔話だからこそのリズムや語り口(昔話の語法)の美しさがある、と小澤さんはおっしゃっています。

昔話は、うそ話

昔話とは、歴史要素のある「伝説」などとは違った「うそ」話。現実にはないお話だから、子どもたちは安心して聴くことができます。

昔話には必ず始まりと終わりの句があります。「むかしむかし〜」などで始まる発端句、「とっぴんぱらりのぷう」「どんとはれ」など、お話の締めくくりの合図になる結末句。謎のことばも多いです。この一文で、子どもたちはおとぎ話から現実世界に戻ってくることができる、と講座ではおっしゃっていてなるほど、と思いました。

昔話がはぐくむもの

普遍的なおもしろさ

「昔話」と聞くとちょっと古臭いイメージがありますが、はるか昔から語られているお話が少年ジャンプのヒット作に実はそっくりだったりするそうで、驚きです。それに、世界には、遠く離れているにも関わらず似通ったお話が点在していますね。(よく知られたお話に、中国とヨーロッパの「灰かぶり」など)人々が惹きつけられるお話には、やはり普遍性があるのでしょうか。

三回の繰り返し

普遍性があると言えば、子どもたちが大好きな「三回の繰り返し」。人気の定番絵本にもこのパターンがよく登場します。昔話においては、同じ場面を同じ言葉で語ることが語り手の助けにもなっていて、子どもたちにとっては、次に起こることを類推する科学的、論理的思考の大切な第一歩になる、ということでした。

また、三回の繰り返しは、物語だけでなく、音楽にも同じような形があるそうで、ヨーロッパの音楽史の中ではドイツ古典派、特にベートーヴェンやモーツァルトにこのメロディーの形が受け継がれているそうです。

一回ではなく、三回繰り返すことで三回目が強調され、インパクトが残ります。そのメロディーは、ビートルズや今流行りのポップミュージックにもばっちり受け継がれているそう。小澤さんは、人間にとってこのリズムが一番自然なのだろう、とおっしゃっています。面白いですね。

ファンタジーの重要性

ファンタジーの重要性を、小澤俊夫さんは語っておられます。

「ひとは、お話を耳で聞くことによって、空想を広げます。豊かな空想力、それは人類に進歩をもたらすし、平和をもたらすものだと思うのです。空想力は平和を守る大切な、基本的な力です。お話が、子どもの成長に果たす力はとても大きいと思います」

昔話は、子どもたちが空想を広げられるように単純明快に語られます。他にもいくつかの大きな特徴がありますが、子どもたちが分かりやすいように語っていたものがいつの間にか「昔話の語法」になったということを考えると、長い長い年月にわたる人々の愛情を感じて、思わずじーんとしてしまいます。

こころの小部屋

また、空想力だけでなく、ファンタジーは生きる力も育くんでくれます。
子どもの時に、心の小部屋にたくさんの見えない大切なものを入れておくと、それがいなくなった後、今度はその小部屋で安心して泣くことができる。
そう講座で久賀さんはおっしゃっていたのが心に残っています。

目にみえるものだけが現実ではない。トロルや鬼、カッパや小人たち。子どものころ心の小部屋に住んでいた存在が成長とともにいなくなっても、そこには大切なものが残るのです。

もう知っているお話に出会うよろこび

子どもたちは「もう知っている」お話が大好き。新しいものに出会いどんどん吸収していく時には、不安が伴います。そんな子どもたちにとって「もう知っているもの」は、お気に入りの毛布のような存在。子どもの心の安定につながる、と講座でおっしゃっていました。

子どもたちがお気に入りの絵本を何度でも持ってくることも、「知っているものへの安心感」に繋がります。親からすると、「また〜?」と思ってしまいますが、たくさん読んであげたいですね。

子どもにエールを送る昔話

昔話の素晴らしさを感じたエピソードがあります。

今の昔話絵本などは、元のお話の残酷とされる部分を変えて表現されることがあるそうです。
「三匹のこぶた」では、結末でオオカミが食べられないと、オオカミがまだその辺にいるんじゃないか、ととても怖がる子どもがいたそうです。ここでは、オオカミはちゃんと食べられてしまうことによって、子どもに不安が残らない、というお話でした。

昔話は、子どもたちに強く生きろよ!とエールを送っているお話。
大人目線で残酷だと感じる部分にも、意味がある。子どもたちは、主人公が最後に幸せになってくれるかを見ている。

そう考えると、安易に結末を変えることで、昔話が本来持っている奥行きや美しさまで失われてしまうのではないかと思いました。

また、昔話は「自然の摂理」を子どもたちに教えるものでもあったとのこと。「三匹のこぶた」の例で言うと、初めの二匹のこぶたはオオカミに食べられてしまい、最後のこぶたはオオカミを食べます。私たちも、他の生きものの命をもらって生きています。自然と離れた生活を送る現代だからこそ、昔話を語ることに意味がある、と小澤さんは著書でおっしゃっていました。

「昔話が語りたいのは、「若者の成長する姿」ではないかと思うのです。子どもや若者がいろいろなことをやってみる、そこには確かに失敗もあるから、それが教訓になるという考えもありうるでしょう。けれども、わたしは、昔話のストーリーそのものは、若者や子どもの成長する姿を語っていると思うのです」
(『昔話の扉をひらこう』より)

私たちがよく知っている昔話にも、子どもの成長を見守るような、たくさんの愛が隠れているかもしれません。そういう目線で昔話を読んでみると、面白いですね。

昔話は民族のたからもの

「昔話は、特定の人の創作ではなく、民族のみんなが作ってきたかけがえのない作品。そこには個人では成し得ない、昔話としての美しさがあります」と小澤さんは著書で述べています。

確かに、昔話絵本をひらくとそこにはその土地、その民族ならではの情景があらわれます。日本とは違う衣装や食べもの、風景などを目にするとわくわくします。
昔話は、民族の大切な伝承文化財。そう考えると、受け継がれたものを大切にしたくなります。

おわりに

昔話の魅力を知るほどに、もっとたくさんのお話に出会いたくなります。

古いお話、で終わらせてしまいそうな昔話の真の面白さを、私自身もっと発見して、届けられたらなぁと思います。

これから先、どんなお話に出会えるんだろう。
わくわくしています♪

参考文献:
『昔話の扉をひらこう』小澤俊夫 暮らしの手帖社
『こんにちは、昔話です』小澤俊夫 小澤昔ばなし研究所


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